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栂喬司(つが きょうじ)――“和”と、この国の裏社会勢力を二分する“蟒(おろち)”の幹部で、その立場を利用して依頼の仲介も行っているやり手の日系中国人。勿論、ビジネスの関係でしかないけれど、私はこの男を気に入っている。身体を重ねたことも、一度や二度じゃない。
「私の身体はあまり燃費が良くないの、ほっといて頂戴。それで喬司、私がいない間に何か面白い事はあった?」
「面白い事は特にありませんでしたね。面白いかそうでないか、はっきりしない事はありますが……」
過去形じゃない、ということは、今もまだ続いている。興味を掻き立てられた私は、本革張りの丸椅子ごと喬司に寄った。
「あら、何があったの?」
「ええ……。本来であれば一笑に付す話なのですが、“蟒”のオキナワ支部近隣の共同墓地でチャンシーを見たと、若い者が言うのです」
チャンシー……僵尸、か。
「なるほど。確かに笑って切り捨てる類の話だわ。アレは“お隣”の専売特許でしょう。見間違えか何かじゃないの?」
笑いながら私は、喬司の顔を覗き込んだ。けれど彼の顔は真剣そのもので、一片の笑みも浮かんではいなかった。
「確かに、私もそう思います。しかし僵尸を見たと言う者は、一人や二人ではないのです。それに……私の旧知に占師がいるのですが、彼女によれば、ここのところ陽(ヤン)の霊気がざわめいている――とも」
喬司はこういう場面で嘘や冗談を言うような人間じゃない。でも私には霊や術の話は解らない。そういう話があった程度に留めることにする。
「お待たせいたしました、多野本様。ミックスパエリャの大盛にフラメンカ・エッグ、タコのマリネです」
話を切り替えようとした時、丁度良いタイミングで目の前に料理が並べられた。今日の夕食は豆腐のハンバーグだったから、このまま匂いを嗅いでいたら、今にも口から涎が垂れてしまいそう。でも、がっつくのは淑女としてNGだから――
「分かったわ。僵尸の話は一先ず置いておいて、そろそろお仕事の話に移りましょうか。行儀悪で申し訳ないのだけれど、食べながらでも良い?」
ムール貝の紫鮮やかな色、ぷりっぷりの海老の煮え具合。もしお預けなんて言ったら、彼を食べてやりましょう。ええ。
「はい。勿論構いませんよ」
「そう? 悪いわね。それじゃ、遠慮なく――いただきまーす!」
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