世界渡りの殺し屋

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 やれやれ、といった様子でマティーニのお代わりを要求する喬司を横目に、私はお待ちかね、スプーン山盛りのパエリャを口に運んだ。貝、海老、烏賊、蜊――煮汁に染み出た魚介類のエキスにサフランの香りが口の中で混ざり合い、えもいわれぬ気分になる。そこにタコのマリネで口を直し、ロンで一気に流す。アルコール度数四十五度の液体が喉を焦がす感触が、これまた気持ちが良い。フラメンカ・エッグはロンをやりながら、ゆっくりと食べる。安っぽいけれど、至福の一時。  喬司の視線が段々と白いものになってきているのは、気のせいだという事にしよう。 「……相変わらず良い食べっぷりですね、麟那。ま、とりあえず……今回、貴女に殺しを依頼したいのは、この男です」  私はロンのお代わりを注ぎながら、空いている手で写真を受け取った。グイッとグラス半分まで飲んでから、写真に写っている男に目を向ける。中々のイケメン、きっと女なら十人が十人、振り返っては、はぁ、と甘い息を吐くタイプだろう。私にとってはターゲットでしかないのだけれど、この男は少々勝手が違うようだった。 「八匹の蛇が絡み合ったバッジ……“蟒”の構成員じゃないの。わざわざ私に依頼しなくても、貴方の所で処理すれば良いのではなくて?」  フラメンカ・エッグをスプーンで崩しながら、喬司に言う。 「麟那、貴女の言う通りです。ですがこの男は、我が“蟒”の一員でありながら、“耶麻(やま)”のスパイであることが判明したのです。“蟒”と“和”と“耶麻”の関係は、貴女もご存知だと思いますが」 「ええ、勿論」 “耶麻”のスパイ、か。それなら、大っぴらに組織を動かせないのも納得がいく。  国内第三位の組織“耶麻”は、“和”や“蟒”とは違い、殺し屋やエージェントだけでなく、高名な霊媒師や術者、宗教家を数多に抱えている異端の組織。  そんな邪道の存在にありながら未だ三強に君臨しているのは、とりわけバックボーンの存在が大きい。そのせいで“和”も“蟒”も攻めきれないでいる。“耶麻”も直接の戦力はそれほどでもないので、二強を攻めることができない。言わば三すくみの関係―― 「なるほど、ね。貴方との交友もあるのでしょうけれど、それでフリーランスの私に白羽の矢が立ったわけか。報酬は?」 「そうですね……これくらいで、如何でしょう」
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