世界渡りの殺し屋

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 喬司がジェスチャーで弾き出した数字を見た私は、見て分かるまでに眉を上げた。並の相場の半分程度。人ひとり殺すのにこれでは、とてもじゃないけれど割に合わない。 「幾ら何でもそれは舐めすぎよ、喬司。本気で言ってるのではないとしたら、他に取引材料でもあるのかしら?」  パール・ラメの入ったマニキュアで飾ったネイルで首筋を撫ぜると、喬司は前髪をかき上げながら不敵な笑みを見せ―― 「ははっ、これは参りましたねぇ。まぁ、貴女を欺けるはずもありませんか。この依頼を受けていただけるのであれば、我が組織の“中継チャンネル”に働きかけ、貴女に他世界からの依頼を優先的に回しましょう。ああマスター、彼女にマルガリータを」 「かしこまりました、栂様」  それは私にとって、極めて魅力的な条件だった。他世界からの依頼は、難易度に反比例して報酬が高いものも多い。  今のマンションにだっていつまでも住めるとは限らないんだから、金は幾らあっても良い。これを蹴るなんて真似、私にはできない事も見越して言っているのでしょうね。相変わらず食えない男だこと。  私は彼から贈られたマルガリータを一口飲み、ピンクベージュのルージュを濡らして笑みを浮かべた。 「マルガリータ、ね。ふふっ、アウトローな私には上品過ぎるカクテルだわ。――良いわ、喬司。引き受けましょう」 「謝々(シェイシェイ)、麟那。死亡を確認次第、速やかに全額を例の口座に振り込みます。手段は問いませんが、証拠が残らないようにお願いしますね」 「分かっている。腐っても元“和”の暗殺者よ、要らぬ老婆心というものだわ。乾杯――」  カクテル・グラスを掲げ、喬司のマティーニとフレンチ・キスさせる。テキーラベースのマルガリータは先味よりも、オレンジキュラソーや果汁の後味が鮮烈。似合わない科白を吐いた後の、気分の入れ替えには丁度良い。  刺殺、銃殺、毒殺――証拠が残らないやり方は選り取りみどり。得手ではないけれど、二百ヤードまでなら問題ないから、今回は狙撃にしよう。大したターゲットでもないようだし、狙撃の勘を取り戻すに相応しい相手だ。 「それでは、私はこれで――」
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