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朝はふたりで掃除して、昼はふたりでトリハス――スパニッシュ・フレンチトーストを仲良く食べて、午後は騒ぎながらテレビを――っていうのは私の手前勝手な希望。現実に私の前で膨れている鈴那は、朝からすこぶる機嫌が悪かった。
「うぅぅ~」
起きて朝の挨拶をした時からこんな調子だ。まるで河豚のように膨れた顔はそれなりに可愛いけれど、いい加減に機嫌を直して欲しい。お昼に食べたトリハスは、あまりにも味気がなさすぎた。ご飯は美味しく食べたい。
そういえばどこだかの偉い人が、「言葉が届かなければ、道具を使えばいいじゃない」って、言っていたような気がする。早速このねこじゃらしで実践してみましょう。
「ほーら鈴那、ねこじゃらしよ。おいでおいで~」
「う~! 鈴は猫じゃないもんっ!」
ニトログリセリンにダイナマイトを投入してしまった。それはそうだ、ねこじゃらしくらいで人の機嫌が良くなるなら誰も苦労はしない。
「やっぱり、まだ昨日のことを怒っているのね。帰ってきた日に行ったのは悪かったって――」
「……さ、さくやはおたのしみでしたねっ!」
「……それ、誰から教えてもらった?」
「喬司さん」
あいつめ……だから帰り際に笑っていたのか。
私が仕事に出ている間、喬司には鈴那の面倒を良く見てもらっているから、その時にでも教えたんだろうけれど、これは余計だ。
「うぅー、麟那姉さんなんて~!」
「はいはい、分かったわ。それじゃあ今回のお仕事が終わったら、ふたりで街へ買い物に行きましょうか」
「ホントっ!? やたー♪ 欲しいの、いっぱいあるんだ~」
いとも簡単にフィッシュ・オン。一瞬で機嫌を良くした鈴那は、眼前の餌に飛びつくように、私に抱きついてきた。勿論、反故にするつもりは毛頭ないし、またこの子が乗せられやすい子だとも思わない。
――それはこの子の心が、私の都合良く植え付けられた紛い物だから。
下種極まりない両親によって壊し尽くされた“鈴那”の心は、身体を作り変えても元には戻らなかった。だから私はドクター・ヌマに、性転換の施術とともに投薬と催眠療法による記憶の書き換えを依頼した。
結果、苦くて痛い記憶はなかったことになり、“鈴那”の身体はその紛い物を受け入れたけれど、この子の精神は今も不安定のまま――
「どうしたの? 麟那姉さん」
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