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ふと気付けば、きょとんと鈴那が上目遣いで私を見ていた。いけない、少し不安にさせてしまったみたい。場所問わずの思考は私の悪い癖。今日はポニーテールにしていない黒艶の後髪を、優しく指で梳いてやる。
「うにゃ、くすぐったいよぉ~」
「ふふ、可愛いわね鈴那は。そういえば私がいない間、お薬は大丈夫だった?」
「うん! ちゃんと毎日飲んだよ! 偉いでしょ~」
「ええ。良い子良い子」
ご褒美に頭を撫でてあげると、鈴那は身を捩(よじ)って逃げようとする。本当に猫みたいな子。
改プレマリン錠――ホルモン生成器官を持たない身体の鈴那に欠かさず服用させているこの薬は、ドクター・ヌマ所縁の製薬会社がプレマリンを元に研究・開発した試薬。従来のプレマリンに比べ、副作用の発生率は概算コンマ以下にまで抑えられている。ドクター曰く、かのプロセキソールよりも効果的で、卵胞ホルモン――エストロゲン補充と身体の女性化に特化した薬だそうだ。
男女問わずホルモン分泌の低下は、老化の促進に繋がる。鈴那の同意を得てテスターになる事で、私はこれをドクター・ヌマから定期的に支給してもらっている。
「鈴那。今日の夕ご飯は何を食べたい?」
言いながら鈴那の髪を、赤いリボンふたつで飾る。リアでツインテールを作るとまた雰囲気が変わって、これはこれで可愛い。
「う~ん……あっ、あれ食べたい! シュールストレミングとかいう缶詰! 喬司さんが美味しいって言ってた!」
喬司の奴め……また適当な事を。後で実物を送り付けてやろうか。
「あれは劇物。触れてはいけないわ」
「そうなの? でも鈴はお魚食べたいから、お魚なら何でもいいよ~」
魚は確か、冷凍庫に鮭の切り身が入っていたわね。ムニエルかバター焼きにしましょう。
夕飯の準備まで、他愛もない再放送のお笑い番組を見ながら、鈴那との会話を楽しむ。
鈴那が身に着けているオードトワレの香りが終始私の鼻をくすぐり、それは全く別の、どこか懐かしい花の匂いが含まれているような気がした――
*
――生微温い夜風が、幽かに頬を撫でる。
気持ちが良いとは決して思わない。オキナワの夜は不快で、どこに行っても蒸している。こうして待っているだけでも、仕事用の黒い上下に汗が染み込んでくる。
「……まだ十時、か」
何気なしに呟いた言葉が、やけに空しく聞こえた。
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