世界渡りの殺し屋

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 喬司から紹介された“キリ”という情報屋からターゲットの行動情報を入手した私は、オーナーに金を一束握らせて口止めしたビルの屋上で、百九十メートル先に見える居酒屋からターゲットが出てくるのを待っていた。この場所からなら左右どちらに行っても、タイミングさえ見逃さなければ仕留められる。  期限は特に言っていなかったけれど、仕事が早いに越した事はない。不安定に過ぎるビジネスにおいて、クライアントとの信頼関係の構築は、第一に優先すべきもの。今後の関係における保険にもなる。 「南東の風、一メートル」  水で濡らした指先で風を確認してから、狙撃用の高倍率スコープを店の暖簾に当てる。それらしい男はまだ出てこない。狙撃の準備は既にできている。“和”所属時に上司から贈られたハンドメイドの狙撃銃が、今か今かと久しぶりの出番を待ちわびている。あまり待たせると、本当にせっつかれてしまうかもしれない。あるはずのない腕を伸ばしてきて――  再び腕時計を見る――十時半。銃を構え、スコープを通して店の暖簾を凝視する。唾を飲み込む事すら忘れる、ピンと張り詰めた時間。全神経を指先に集中させる。  暖簾が揺れ、ふたりの客が店から出てきた。脳内に叩き込んである写真と顔を照らし合わせる。  ――あの男に間違いない。  ターゲットが後ろ姿を見せた瞬間を見逃さず、引き金を引く。ソーダを開けた時のような気の抜ける音――スコープの先でターゲットが頭から彼岸花を咲かせ、不思議な踊りを周りに披露して前のめりに倒れた。鍛えられた耳に届いた、つんざめく女の悲鳴が煩い。  これで終わり。人ひとり殺すのに三秒と掛からない。人間、命はひとつ――今日死ぬか明日以降死ぬか、所詮はそれだけの違いでしかない。  手早くバラした銃を内革張りの、ファスナー付きトートバッグに詰め込む。黒の上下とはいえ、女の私服の範疇だ。この中に銃が入っているなんて、誰も思わないだろう。  外からは完全に見えない位置に移動し、喬司の携帯に電話を入れ、三回のコール音を確認して通話を切る。三回コールは“成功”を意味する。後は報酬の振込みが確認されれば、今回の仕事はお終いね。  ああ、さっさと帰ってブラッディ・メアリーでも作って飲みたい。救急車とパトカーのサイレンを背後に、私はひび割れた階段を降り、タクシーをつかまえてその場を後にした。
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