麟は身を護り、鈴は家を守る

世界渡りの殺し屋

夢　～　Ｔｌｉｅｕｓ　Ｆｈｅｌｉｃｉｄａ　～

「――もはやこれまで！　今すぐルエトの姫を引き渡すべきです！　これ以上の我慢は、王国の命そのものを削る事になりますぞッ!!」
　突然耳に飛び込んできた怒声に、私は飛び跳ねるかのように目を開けた。
　最初は誰かに怒鳴られているのだと思った。でも目を凝らして辺りを見回してみると――そもそも私の部屋ですらないことに気付く。
　厳かなる純白の空間。大理石にも似た材質の柱には、芸術を思わせる金糸の装飾。唯一の窓からは、まだ明るいのにもかかわらず、一際大きな星が見える。
　上座で論争の行方を見守り、正装でなくても王威を下座に誇示しているのは、つい最近、世話になったばかりのセレナ女王だ。

　――ああ、私は今、第三世界の夢を見ている。

「落ち着かれよ。卿が逸る気持ちは分からないでもないが、彼奴らは根本的に我々とは“違う存在”だ。彼国の姫を引き渡したところで、我が王国が標的にされぬという保障はどこにもない」
「オヴリム卿！　常々儂は思うが、卿は何故そこまで冷静でいられるのだ!?　王国の一大事なのだぞ!!」
　論争の種となっているのは、ルエトの姫という人物。それが誰なのか、私には分からないけれど、話の内容を聞く限りでは、その姫を引き渡すか否かで真っ二つに分かれているみたい。
　侃々諤々、侃々諤々、侃々諤々――ふたりの論争はいつの間にか、悪評の押し付け合いに発展し、セレナの隣にいる巨体から怒号が響いた。
「控えよ、貴様ら！　女王陛下の御前であるぞ！」
　あまりにも特徴的だったから、彼の事はよく覚えている。私の身体を三つ、縦に並べても尚足りない巨躯。雄山羊のような角を持つ、悪魔族の宮廷楽師長――アムドゥシアス。セレナの、側近中の側近。
　彼の一喝に、会議の場がビリビリと震える。冗談抜きに雷が落ちそうな状況に、醜い争いを繰り広げていたふたりは、黙って頭を下げた。
「……大変に失礼いたしました、女王陛下」
「いえ、問題ありません」
　静かに立ち上がったセレナは、その場に居並ぶ重臣を順番に見る。深い意思を秘めた――青紫色の瞳。私の知らない、一国一城の主としてのセレナがそこにいた。
「――ミント姫を虚構界（ヌルフェニ・フィ・リシーダ）には引き渡さない。これは、私が決めた事です。決定に変更はありません」
「し、しかし陛下っ――」