世界渡りの殺し屋

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「お黙りなさい。ルシュヴ卿、貴方はいつ、私の決定に口を挟める程、偉くなったのですか」 「ぐぬぬ……!」  口からだだ漏れる悔恨。顎に蓄えた立派な白髭が怒りに揺れ、握り拳をわなつかせる。言い放ったセレナの顔にも、哀しみが浮かんでいた。権利を振りかざしての言葉なんか、本当は言いたくなかったんだろう。 「で、では僭越ながら、姫様の意見をお聞かせ願いたい!」  勢い任せにしか聞こえない科白に、その場にいる全員の視線が上座に集まる。注目の的となった、王国の姫でありセレナの妹――ルーン・リキュシア・シュトルメルテは、両手で持ったカップを口に傾け、ほう、とひとつ息を吐いて明確な口調で言った。 「わたしは如何なる意見も持ちません。此件の一切は、姉のセレナに任せています」  ぐっ、と自分で息を呑んだのが分かった。やっぱりこの子も、私の知るルーンじゃない。まあるい翠の目をした明朗快活な女の子――それが実際に私が見た、ルーンの全て。かたや女の子好きで、かたや楽しい事の塊。だけれど、こんな子達でも、国を動かす者に値するのだと再認識させられた。  ともあれ、第二の発言権を持つルーン姫が関知していないのなら、ルシュヴ卿を始めとする他の重臣は黙るしかない。それを終息と受け取ったセレナは、 「虚構界については今後も動向を見極めると決定し、此度の会議は閉会とします。各々、定められた役目を果たすように。解散――」  と、有無を言わせずに会議を終わらせた。これ以上、取り合う気はない――と背を向けたセレナに、ルシュヴ卿を始めとする数人は憎々しい視線を向け、騒々しく去っていった。  やるせない表情のアムドゥシアスと共に残ったルーンは、セレナの背中を軽く叩く。 「あまり悩まないほうがいいよ。あのお姫さまを救うも見捨てるも、ぜーんぶお姉ちゃん次第なんだから」 「ルーン様が仰られた通りです、セレナ様。我々は皆、貴女に付き従い、忠誠を誓っております。しかしながら民草の心には、二十五年前の楔が未だ打ち込まれたままである事も、忘れてはなりません」 「ルーン、アムドゥシアス……」  過ぎた発言はお許しください――と、アムドゥシアスは深々と一礼し、ルーンを連れて部屋から出ていった。
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