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どうしてそこで喬司が出てくるのか。彼とはあくまでもビジネスの関係に過ぎない。いや、たまには身体のお付き合いをしたりもするけれど……。
でも、気分転換したい時に一着くらいは持っておくのも、一興かもしれない。
「そうね、考えておく。ところで鈴那」
「ん? なぁに?」
「そのハイビスカス、何かの拍子に光ったりする?」
「え、なにそれ~?」
「……いえ。なんでもないわ」
ネタのつもりでつい口にしてしまったけれど、お馬鹿にも程がある。
まだ十六歳の、しかも箱入り同然に育ててきた妹が、ギャンブルのネタなんて知っているはずもないでしょうに――
――三十分程歩き、私達は県内有数の老舗『朱鳳百貨店』の六階に来ていた。
この階はレディス・ファッションのフロアで、鈴那の行きつけの店もここに入っている。
「あれ? 麟那姉さんは行かないの~?」
「私は特に用事もないから、ここで待っているわ」
残念そうな顔の鈴那から手渡された財布に、一万円札を五枚入れて返す。
「ほら、これで好きな服を買ってらっしゃい。お釣りは貴女のお小遣い」
「は~い♪ じゃあ、行ってくるねぇ~」
行ってらっしゃい――と笑顔で答えて、最寄の自販機でスポーツドリンクを買い、隣に日傘を引っ掛けてベンチに座る。
マニキュアもしていない清貧な爪でプルタブを開けて、色で表すと急激に不味く思える――灰濁の液体を飲みつつ、行き交う人の流れに目を向けた。
駄々を捏ねる子どもを宥めながら手を引く親。女同士で姦しくしながら通り過ぎていく二人組。先の二人組とは真逆に、朗らかに会話を交わしながら歩き行く、夫婦者らしき老人の組――
美醜、老若問わず。皆それぞれに、何かしら目的を持って生きているんだろう。私は超能力者の類じゃないから、その目的とやらまでは分からないけれど、非常に興味深い事柄ではある。
――まさかこんな所に殺し屋稼業の女がいるなんて、露知らずでしょうね。
ああ、可笑しい。自嘲と理解していながらも内心は、止まらない。
その気になれば、このビルを壮大かつ空虚な棺桶に変える事など、イヌイットの保存食――キビヤックを完食するよりも容易い。何のメリットもないし、狂っているわけでもないから、やらないけれど。
それでも心の中は大分滾(たぎ)っていたらしく、収まりが着くまで脳内ゲームで遊ぶ事にする。
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