誓いの日

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「――本当に、良いのじゃな? 引き返すのならば、今のうちじゃぞ?」  ドクターの真摯な視線に、私は力強く頷きを返す。 「……お前さんがそこまで決心しているのであれば、これ以上の制止は徒労、か。良かろう、これより術式を開始する――」  薄緑のマスクの下から明らかな嘆息が聞こえ、しかし助手からメスを受け取るとドクターは医者の顔付きになり、患者の身体にメスを入れた。  無影灯の下、ドクターがメスを振るう度に、あの子から“男の性”が剥ぎ取られていく。  血にまみれた股間、痛ましい光景。でも私は、あの子が変容する様から目を背けてはいけない。それを望み、渋るドクターに手術を強行させたのは、他ならぬ私自身なのだから。 「――切除完了。形成に入る」  よく分からないものになった肉の棒が完全に切り離され、助手の差し出した銀のトレイに置かれる。この男の事だ、恐らくは実験に使うのだろう。私は保存処理を施されるそれに一瞬だけ目を向け、再び術中の場に視線を戻す。  それにしても、さすがはドクター・ヌマ。かつて同じ組織に所属し、“和(やまと)の黒衣”として手腕を揮っていただけの事はある。畑違いな私から見ても仕事が速いだけでなく縫合や後処理も、丁寧かつ迅速だ。  見る間に“男の性”があった箇所に、作り物の“女の性”が形成された。SRS(性別適合手術)の前半戦を終えるのに半刻とかかってはいない。 「……」  形成の最終処置を終え、助手が乳房形成用のシリコンをトレイに開けたのを確認し、私は無言で踵を返す。 「行くのか?」 「……ええ」  これから私が何をしようとしているのか知っているのだろう。術式を続行しながらドクターは「そうか」と軽くため息を吐き―― 「敢えて止めはせぬが、あまりやりすぎないようにな。いかなこの国最大の組織である“和”といえども、万能ではないからの」 「そんなこと、貴方に言われなくても分かっているわ。それじゃ、後はお願いね」 「ああ、任せておけ」  力強い言葉を背に受け、手術室を後にする。更衣室で見学衣を脱ぎ捨てて黒革の上下に着替え直し、私は病院に相応しい白亜の廊下を、音を立てて歩く。その間、あの子を想い、話を聞き終わった時から内に燻る怒りをくつくつ、と煮立たせていく。 「許さない――」  それは、思わず口に出してしまう程に。 「絶対に、許さない――」
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