世界渡りの殺し屋

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 到着まで後十分以上ある。私は行く前に買った文庫本を開き、一分も経たないうちに放り投げた。 「……くだらないわ」  今、流行の兆しを見せているライトノベルという奴だ。全部が全部駄目というわけじゃないのだけれど、これはとんだ大ハズレだった。ノリだけ良くて、中身は螻蛄(おけら)に等しい。それでも十分程度なら読んでいられるかも、と思ったけれど、甘い考えだったみたい。  船内サービスで淹れられたコーヒーを一口飲み、別の暇つぶしを探そうとした時、携帯電話がとある特徴を持って震え出した。ショート二回とロング一回のバイブレーションの組み合わせ。普通のバイブレーションじゃない。携帯電話を開いて画面を覗く。 【超空間連絡通信アリ】  案の定、そんなものが画面に出ていた。誰かは大体予想が付くけれど、出ないわけにもいかない。私は急いでデッキへと行き、通話ボタンを押した。 「はい、もしもし」 『リンナですか? 私です』  予想に違わない相手だった。セレナ・リキュシア・シュトルメルテ――シュトルメルテ王国の若き女王にして、第三世界の現指導者。私達の世界の指導者と恋仲の噂もある話題のお人。  本来なら私ごときが近寄れる存在じゃない。だけれど何故か私は気に入られたらしく、仕事を終えた後に労いの夕食に招かれ、あれよこれよという間に友人の関係にされてしまっていた。  とてもおしとやかで桜の花のような、でも中身はレ―― 『むっ……今、失礼な事を考えていませんでした?』 「いいえ、全然?」  内心揺れながら、しれっと返す。 「それにしても、姫様自ら電話を寄越すなんてね。そんなに暇なの?」  この携帯電話は機密保持に優れている。だからといって油断はできない。どこに誰の耳があるのか分からないのだから。 『姫? ああ、なるほど。まだ船の中でしたか。それは失礼いたしました』 「気にしなくても大丈夫よ。到着までにはまだ猶予があるわ。何か大事なご用事でも?」 『いえ。取り立ててはそうでもないのですが、言わば次回以降も円滑にお仕事を依頼するためのアフターサービスです』  そういう事か。自分で言っておかしいと思ったのか、受話器の向こうのセレナはくすくすと笑う。それはまぁ、一国の女王が一介の殺し屋のアフターサービスだなんて、普通ではまず考えられないでしょうからね。 「そう。ありがたく受け取っておくわ」
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