世界渡りの殺し屋

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『ありがとうございます。今度来られた際は是非とも滞在期間を長めに。第三世界(トリイアス・フェリシーダ)の名所をご案内いたしますよ。もちろん夜は私と――』 「切るわよ」  有無を言わさず通話オフ。全くあの女王様は……妹のルーンだけじゃ飽き足らないのか。あんなのでも国を治められるっていうんだから世の中不思議なものだ。  座席に戻って、微温くなったコーヒーをすする。腐っても国営の船。一級品の豆を挽いて淹れたコーヒーは微温くても美味しい。 『長のご乗船、お疲れ様でした。終点、第一世界・ニッポン国・ナハ連絡港です。どなた様も、お忘れ物のないよう、お気をつけて、お降りくださいませ。なお、当船はこの後、乗務員を入れ替えまして、第八世界行となります。現在の時刻は、午前十時四十分、です――』  適当に残り時間を潰しているうちに到着し、忘れようもない小さな手荷物を持った私は、SF映画の背景を彷彿させる近未来的な構内に降り立った。  連絡港から専用のエレベーターに乗って県庁の一階へ。玄関を出ると、十日ぶりにオキナワの太陽が燦々と私を照り付けた。 「はー、この空気も久しぶりね」  両腕を垂直に伸ばし、嗅ぎ慣れた空気を思い思いに吸い込む。向こうの世界では嗅ぐことのなかった、排ガスの臭い……。こればかりはいただけないけれど、このオキナワ特有の、甘みを感じる空気は嫌いじゃない。  そんな感じに伸びをしていると、手を上げたと勘違いしたタクシーが目の前で止まってしまった。まぁ歩いて帰るのも億劫だし、このまま利用させてもらいましょう。 「お客さん、どちらまで?」 「そうね。『サンライズ朱鳳』にやってもらえる?」 「へえ。お客さん、中々良い所に住んでいるんですね」 「余計な話は結構。私は疲れているの。さっさと出して」 「へい、失礼しました」  バックミラー越しに見える、黒く焼けた顔。何だか客相手とは思えない態度の運転手だけれど、下手に謙った態度よりはずっと好感が持てる。ウィンカーが点灯すると、車はすぐに車道へと躍り出た。 「……ふう」  ――瞬間、視界がぶれる。第三世界での一日は、時間にして二十八時間。時差と時間そのものの差異。今頃になって本格的な眠気が襲ってきた。
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