薄氷の花

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 少女は雪を掘り返している。  その表情を覗きこんだ人間が居たならば、その余りに狂気的な表情に正気を失ってしまうだろう。  彼女自身は至極まっとうだと思っていても、それはどこまでも崩れきっているのだ。  ざくざくと掘り返す。或いは掘り進んでいるのか。  余程の大雪だったのだろう。冬もそろそろ終わろうかというタイミングで降り積もった雪は、暖冬であったそのシーズンにおいて徒花のようなものだったのだ。  そして、冬の終わりに咲く花といえば幾つか挙げられようが、彼女の求めているのはそれではない。  やがて、コツンと小さい音を指先が拾う。氷だ。指先から下は、氷の張った湖がある。  喜色をそのかんばせに浮かべた少女は、その周囲を押し広げるように雪を掘り返す。  はじめに見えたのは、湖氷で隔たれた睡蓮の花だ。冬に咲くことなど本来はないのだろうが、実際にそこで咲き誇っている。  そして、その睡蓮の根本が伝った先は……湖面を氷越しにたゆたう、死体。  氷を彩るように押し広げられた花がその男の表情をひた隠しにしているため、どのような死を思ったのか、確認する手段はない。  にたりと口角を上げる少女の意図は分かるまい。  ……或いは、湖氷の男はその人と思えぬ表情を正視すること無く死を迎えられたことを喜ぶべきだったのだろうか。  人を陥れた悪魔の笑みか、人を迎え入れ喜ぶ天使のそれか。どちらにせよ、人間はその白い平原には一人として居なかった。
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