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夢。夢があった。
色彩豊かな世界に屹立したただひとつの目標であり、それが全ての色彩を担っている、といってよかったのだろう。
それを彩ることが自分に許された才能であり日常だったのだろうと信じて疑わなかった。
世辞にも出来た人間ではなかったが、それでも人との関わりが出来、恋人が出来、人並みより少しはいい人生を送っていたのだろうと思う。
「一緒の夢を見ていたい」、だったか。そんな言葉を聞いた直後にその人物は死んでしまった。本当に、あっけなく。
悲しみを覚える暇もなかったし、悲しいと思うこともなかった。死を乗り越えることで成長する近頃の安っぽい感動話なんてどうでも良かった、相手が死んだこととほぼ同時に、自分にも二つほど異常が起きたのだから仕方ない。
ひとつ、利き腕が潰れた。形容ではなかった。彼女が命を落とした二時間後には、切断を余儀なくされていた。
ふたつ、ある感覚を喪った。致命的だった、と思う。人生には。
……ところで、あの夢はなんだっただろうか?
「……夢を叶えることが出来ない、なんて貴方の傲慢ですよ。恋人の死を悼めとは言いませんけれど、事故ひとつで見失うほど貴方の夢って希薄なのかなあ、と」
「何が、」
言いたいんだ、と返そうとしたところで、その相手は軽くフィンガースナップを挟み、俺の方に指を向けた。
「ですから。貴方はセピアアートや旧来の写真、或いはモノクロームに対して全否定するんですか、ということになりましょう。戻れないなら進むしか無いですし、貴方自身、それを不幸とも思っていないフシがある。……ところで、人としてその『能力』を喪った上で、それを貴方は取り戻したいのです? 神様なんて信じてないものに縋ってでも?」
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