とある兄弟のプール教室

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 俺の夏休み計画に狂いが生じたのは、弟が家のリビングで放った一言のせいだ。 『兄ちゃん、泳ぎを教えてよ!』  ソファに寝転がってクーラーの恩恵を授かっていると、弟が懇願するように合掌しながら頼んできた。  可愛い弟からの頼みとあっては断れるはずもない――ことはなかった。 『めんどい、やだ』  テレビから視線を離さないまま、俺は即答した。居合切りの達人も真っ青な切り返しだ。 『兄ちゃんひどいよ! かわいい弟からの頼みを断るなんて!』 『大人っていうのはな、子供に世間の厳しさを教えるのも仕事なんだよ』  現役中学生、夏休みをダラダラ過ごして宿題もコンプリートしていない人間のセリフだった。  無茶苦茶な反論だが、我が家は秩序ある上下関係を築いている。弟が兄に無闇に逆らうことはできない。  と、ここまでの流れで行けばなし崩し的にこの件は白紙になるはずだった。  しかし、そこで俺の首を絞めたのは、台所で洗い物をしていた母親の軽い一言だ。
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