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スタートラインに立つとまた違った緊張感が生まれてきた。
天沢が弱らせてくれたのか、一樹さんは肩で息をしていたし、勝算は充分ある。
「で、由夜は俺となにをかけて戦うんだ?」
「ふふ、面白い余興だ。我が提案してやる。賞品は我等からのキスだ」
「ヒュゥ、そりゃあ俄然やる気がみなぎってきたな、おい」
「か、会長……ゆ、由夜、もし負けたりしたら足の指めちゃくちゃにしてやるからね」
「あぅ………き、キスなんて無理ですよぉ」
各々、思いがあるが、何故だか俺には絶対に負けられない戦いになってしまった。
綾はファーストキス的なのだから俺に勝たせてなあなあにしようという魂胆だ、わかっている。
「一樹さん、俺は負けませんよ」
「会長様の口付けを欲しくなっちまったのか、この若造め」
「では………よーい………ピィー」
会長が鳴らしたホイッスルが聞こえた瞬間に水面に飛び込んだ。
思いの外、スタートダッシュはドンピシャ。
クロールでは負けてしまう、そんな思いからギリギリまで潜水で進むことにした。
肺活量には自身がある。
隣の一樹さんに目をやる余裕なんてない。
俺は多分今まで生きてきた全ての全力をこのレースにぶつけた。
なんでこんな精一杯やってんだ。
確かに綾は怖いけどそれだけとは思えない。
「由夜ぁー、あとちょっとぉー」
綾の声が聞こえた。
そうか、俺は会長のキスが欲しかったのか。
自分は一般的な俗物とは違うと思っていたが、綺麗な会長に憧れる大衆と同じように機会があれば、なんて思っていたようだ。
しかしそれが恋だの愛だのではないのは明白で、特別意識しないから純粋に楽しめている。
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