第3章 EPISODE Liisa

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ゼファーは、予定していた経路からずれ、コース中心を陣取るかたちとなった。 と、同時に、後方右からスリップ音が聞こえてきた。敵の車体が、ゼファーの車体によって、予期せぬ動きを強いられたのだ。 しかも、コースの中心を奪ったことで、さらに見通しはよくなった。 次の右カーブまでを最短距離で攻められるのだ。 リーサは今一度、集中力を高めた。あとは逃げ切るのみだった。 予定通りにカーブを越えたが、後ろが激しく気になってしまう。 今日初めて、リーサは追われる側の立場に変わった。 追撃する場合とは違う、別の緊張感がリーサを襲ってくる。高揚するふうではなくて、心臓を握られるような苦しい感覚だ。呼吸の小さな乱れもあった。 ともかく、このレース四回目の“悪魔の曲線”を無事乗り切るのが現状のベストだ。 リーサは、ドリフト走行になるのを最小限にとどめ、かつコースの中心を占拠できるような走法を取ることに決めた。 一周前のつばぜり合いを体験しているだけに、インコースを空けるのにはためらいがあったからだ。 激しいスリップ音に見舞われながらも、ゼファーは見事にそれに応えてくれた。 タイヤが摩擦した時の熱が、車体を通じてリーサにまで伝わってきたような気がした。 車内には、蒸し風呂のような熱気がこもっている。 リーサの頬を、こめかみから一筋の汗が伝った。 そんなことに、いまさらながら気づかされた。 残すはファイナルラップのみだ。
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