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言葉を発することはできなかった。
リーサはただ、肩の上から見える彼の背中へ視線を送っていた。
そのうち、フランはそっと、ふたりの身体を剥がしにかかった。
リーサは斜め下を見たままだった。
「リーサ、顔上げてくれよ」
フランは、ことさらに優しい雰囲気の声でいった。
その感じに緊張して、すぐには彼の要求通りの行動に移れなかった。
ようやくゆっくりと顔を上へ向けたと同時に、彼の顔がリーサのほうへ近づいてきた。
「あっ……待って」
反射的に、リーサは横を向いていた。
なぜそうしたのか――そんなつもりはなかった。照れくさかったという以外ない。
「いーや、もう待てないな。リーサ、こっち向けよ」
背けたリーサの顔を追いかけるようにして、フランも近づいてきた。
しかし、それ以上の無理強いはなかった。
彼の真正面からの表情を、リーサは視界の端で捉えていた。フランがその状態をやめようとする気配はない。
やがて、リーサは首を元に戻そうとした。
その瞬間に、ふたりのくちびるは重なった。
リーサは、無意識のうちに目を閉じていた。恥ずかしさのあまり、開けていられなくなったというのが本当のところだ。
人生初めての経験を、深く実感する余裕すらなかった。
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