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リリィ――。
その呟きは声にならなかった。
咽がつぶれたか、もしくは何か異物を詰まらせてしまったかのような感覚だった。
そして、彼女の背後。そこに、鬼のような形相――盗賊が雄叫びを上げながら腕を振りかぶっていた。
その手には鋭い刃。
危ないっ――しかしこの声もでなかった。
クロードは、彼女の前へと身体を投げ出した。盗賊と、鋭利なる切っ先が、スローモーションでクロードへと迫ってきた。
それがクロードへ触れる瞬間に、視界が真っ赤に染まった。
そこで夢から醒めた。
天井を見つめながら、クロードは大きく深呼吸をした。
呼吸は乱れていて、全身がじっとりと嫌な汗をまとっていた。
ちらりと、窓のある方向を見る。そこには一筋の光さえ見えなかった。
夜明けは、まだ遠いようだ。
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