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大きく見開かれたリリーの瞳からは、やがて大きな雫がポロリと零れ落ちる。更には、彼女の口から嗚咽までもが漏れ出す。
「……すみません……けど、そんなに怒らなくても……いいじゃないですか……」
まさかの事態であった。あの程度の怒鳴り声で圧倒されてリリーが泣き出すなんて考えてもみなかった。なにより、シリルは物思いが付いた頃から、泣いている子供を慰めたことはあるが、泣かしたことなど一度足りもありはしない。
焦ったシリルは、ポケットというポケットをまさぐってハンカチを取り出して、彼女に渡した。
「い、いや……全然怒ってないですから。泣かないで下さい」
「うう……そうですか……」
貰ったハンカチで涙をふくと、リリーは、それならと言葉を付け足した。
「このドレスを一着売ればよろしいかと」
そう言って、鞄から抱いたのはリリーが先ほど来ていたドレス。確かにこれならお釣りが帰ってくるほどに余裕で宿代を払えるが。
「いいのですか。これは大切とかでは」
「いいえ。これはこの間、バリエル伯爵から頂いたものなので。別にたいしたものでは」
いや、たいしたものだろう。大切にしないと。言い返したいところだったが、シリルたち自身、あまりこの宿でのんびりしてはいられなかったので、お言葉に甘えることにした。
結局、宿で会計代わりに適当な事情を説明して、宝石の散りばめられたドレスを渡すと、逆にお礼としてお金を頂いた。
「良かったですね。お金が貰えて」
嬉しそうにリリーが話しかけてくる。
「そうですね。これなら暫く宿には困らなさそうですね」
しかし、この重たい荷物はどうにかならないものだろうか。ドレスが一着減ったところで重量の変化は全くのゼロである。
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