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V3号の実戦配備の場所については、1943年夏、ヒトラーの特別命令により極秘調査が行なわれた結果、占領下のフランスの英仏海峡沿いのブローニュとカレーの中間地点にある「ミモイエークの丘」一帯が選ばれた。
同地はロンドンの中心部まで152キロの地点である。
そして西基地・東基地の2つからなる巨大な地下発射場の建設が「プラン51」という秘匿名のもと、軍事施設建設を専門とする「トート機関」の手により開始された。
V3号の高圧砲は傾斜角55度で斜面(砲床にあたる)に固定されており、5門を1セットとして10基、計50門の建設が行なわれた。
丘の頂上の開口部周囲には厚さ5.5mもあるコンクリートの巨大な掩蓋(えんがい)が設置された。砲口部は開閉式の扉で巧妙に隠されていた。
基地内には通路(トンネル)が縦横に走り、弾火薬運搬用の軽便鉄道線が敷かれるなど、非常に大規模な秘密の「地下発射場」だったのである。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツはここに5000名以上の技術者と、430名の熟練鉱夫を含む鉱業専門家に加えて多数の労働者と、数千トンの鋼鉄および特殊資材を投入していたのであった。
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