第1話

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 光が届かぬほど深い深い森には梟の娘が住んでいるよ。暗い中からじっと旅人を見つめているよ。ヴァンニュイの森は梟の森。近づいてはいけないよ。梟の娘が息を殺して獲物を待っているのだから。  今よりずっと昔から語られているお話どおりにヴァンニュイの森と呼ばれる森があった。 森には誰も近づかない。よっぽどの物好きか、何も知らぬ異郷の旅人くらいしか。 ヴァンニュイの森の近くにはカルトという町がある。周囲を森と渓谷に囲まれた、交通の便は悪いが、要塞としては優秀な町だった。 カルトは別名芸術の街と呼ばれ、カルト製のステンドグラスや絵画は技術が高く価値も高い。首都アルウェナに住む貴族たちにも人気の品だ。そのためカルトの町には商人が多く立ち寄る。アルウェナに行くにはヴァンニュイの森をまっすぐ通れば近い。 だが、カルトの住人は必ずヴァンニュイの森を避けて通る。それで一日、二日遅れるのもカルトの住人からすれば当然のことであった。  ここにレイナイトという名前の商人がいた。彼はカルトよりもはるか南の町で行商をしていたのだが、南の景気が悪くなってきたので、良いところで切り上げて首都の家に帰る途中であった。稼ぎは既に首都の家へ送っていて、新婚の妹への土産にカルトのステンドグラスを買っていこうと、カルトを訪れたのだった。レイナイトはヴァンニュイの森の話を知っていた。知っていたが、ただのおとぎ話だと思い、彼はカルトで小さいが、良品であるステンドグラスを三つ買い、馬に荷物を載せて、相棒のダルクという忠犬とともにヴァンニュイの森へと入って行った。  ヴァンニュイの森は常闇のようであった。昼の日差しをも鬱蒼とした森に跳ね返され、木のドームの中には微かな数本の光の線が侵入をはたすのみであった。 「暗いな……ここは本当に一日中夜みたいだ」  馬の脚が疲れやしないかと心配しながら彼は舗装などされていない森の中を進んだ。ずっとまっすぐに進んでいるはずだが、景色は一向に変わらない。左右を大木に挟まれ、下は草の生えた歩きにくい道、上は青空も見えない緑のカーテン。 彼は周囲を見回して終わりの見えない道にため息をついた。
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