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翌朝。普段だったら早苗と同じくらいに目を覚ますイヨズヒコが、なかなか起きない。傍へ寄って様子を窺っても、身動ぎする気配すらない。
無理に起こしたりせず、今日は存分に眠って頂こう、と決めた。
箪笥から冬服を出して着替え、鏡台の前に座り、髪を結う。
帰りを待ち焦がれていたのは自分だけだったのかな、と考えたが、慌ててそれを打ち消した。
相手は神様。人間の思惑通り動いてくれるはずがない。人間如きが動かせるわけがない。
「……ゆっくりお休みになって下さいね」
小さく囁いて、早苗は鞄を持ち階下へと降りた。
神々が神無月に出雲へ集まって何をしているのか、早苗は知らない。人である身が知ってはならないことだ、と思っている。
顔を洗って仏壇に手を合わせ、朝食をとり、弁当を持っていつも通り登校した。
「早苗ちゃーんおっはよー、朝から会えるなんてラッキー」
たくさんの車が忙しなく行き交う通学路で出くわしたのは、蘇芳。
どこぞで朝まで酒盛りをしていたのだろうか。手には一升瓶。鬼神を乗せて飛んでいる鵺はやけに眠そうで、きちんと目を開けていられないらしい。
「おはようございます、蘇芳さん」
宝尽くしの吉祥文様の打掛にざっくりと袖を通している鬼神は、何故かいつもより高貴に早苗の目には映った。
信号待ちで止まると、鵺も合わせて停止する。はっとして周囲を素早く見回すが、蘇芳の姿を注視する人間はいないようだった。
「大将は? 出雲から帰ってきたんでしょ?」
どういう絡繰りだろう、と首を捻りつつ、早苗は鬼神に応じる。
「はい。帰っていらっしゃいましたけど、だいぶお疲れみたいで。まだ眠っていらっしゃいます」
「ふうん、そうなんだ。珍しい」
「今日は制服じゃないんですね」
「まあね。……実は、早苗ちゃんに言わなくちゃならないことがあるんだ」
これまで見たことのない神妙な顔つきで、蘇芳は言う。はからずもドキッとしてしまった。
「え……何ですか?」
「学校でする話じゃない、かなあ。夜にでもお邪魔するよ」
信号が変わった。止まっていた歩行者や自転車が一斉に動き出す。
「じゃ、またあとでね」
主の合図で鵺は晴れ渡った空へ舞い上がり、いずこへともなく消えていった。
―――――To be continued...
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