第1話

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冬至からまだ十日あまり。夕方五時を過ぎると日が沈み、急激に暗くなる。 瞬く間に色彩の移りゆく夕空。霞がかった青空は牡丹色のグラデーションを経て、瑠璃紺へと変わっていく。 早苗の家は神社から六百メートルほどの、閑静な住宅街の中にある。 御園家はこの地域では所謂代々続く名家。敷地は約五百平方メートル、数寄屋造りの母屋は六十坪を超える大きさだ。 広い庭園には松、梅のほか、榊や櫟(イチイ)も植樹され、きちんと手入れがなされている。早苗が小さい頃はよく友達が集まって遊んだものだ。 門の両脇には立派な門松。 外灯はもちろん、家の中にも明かりが入っており、駐車場にはよその車が二台。もう親類が来ているらしい。急いで自転車を止め、荷物を持つ。 「!?」 夜の帳が連れてきた冷たい風に身震いしつつ、玄関へ向かおうとした早苗の足が止まった。 傍に、着物に羽織姿の男性が立っている。 「あっ、あのっ、何か」 気配も何もなかったのであまりにも驚いてしまい、あたふたしながら早苗は声をかけた。 ……だが、男性はいつまで待っても無反応。庭を眺めてはどこか満足げに目を細めている。 埒が明かない、と早苗は男性の正面へ回り込んだ。 「すみません、うちに何か御用ですか?」 身長差四十センチはあるだろうか。見上げていると首が痛くなってしまいそうなくらいの長身。 「…………えっ?」 「だから、うちに御用ですかって……」 男性はしばらくきょとんとした顔で早苗を見つめていたが、やがて屈み込んで口を開いた。 「あんた、俺が見えるのか?」
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