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両親から愛情をたっぷりかけて貰えた者特有の強みだろうか、と司は想像する。
「圓城寺さんとは、ずーっと友達でいたい。それでいいかな」
小さな友人の屈託ない笑顔に、黒羽はごにょごにょと言葉を濁したが、ついには顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。
「おねえさま、おかおどうしたの? まっかだよ」
「なっ、何でもないわよ……あまり見ないで頂戴……」
着物の袖でいくら顔を隠しても、気持ちまでは隠せない。
「早苗さん、どうか黒羽といつまでも友達でいてやって下さい」
深々と頭を下げる、若い圓城寺家当主。
もちろんです、と応じながら、そういえば黒羽の父である運転手にも同じことを言われたな、と想起した早苗だった。
「私、正直言って……まだ友達がどんなものかわかっていないのよ。いつかわかる時が来るかしら」
黒羽が扇子で顔をあおぎながら、独り言のように口にした。まだ頬はだいぶ赤い。
「大丈夫だよ。友達って、いつの間にか『なっている』ものだから」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
生真面目に悩む黒羽へ笑いかける早苗。
縁談の撤回は、早苗個人を思ってだけのことではない。圓城寺家の姻戚になる、つまりそれは、将来生まれてくる女児に神子という宿命を背負わせることになるためだ。
司は神子から生まれた子。すでに圓城寺家では、次代の神子の誕生を心待ちにしている。紅緒が『普通の子』になってしまったので尚更である。
当主の実子、しかも女児ならば、誰もが諸手を挙げて喜ぶ。
自分の妻になる女性には、圓城寺家の仕組み全てを知った上でなおかつ了承してもらわねばならない。
早苗が条件を満たすかどうか。客観的に見てもそれは大変に難しいだろう。縁談を強引に押し進めても、何年か後に誰もが辛い結果になってしまいかねないのだ。
―――夭折せず、黒羽が永らえてくれればそれでよい。
どうかこの友人関係が、いつまでも続くように。ふたりの小柄な乙女らが楽しげにお喋りする様を見ながら、司は祈らずにいられなかった。
* * *
今日から霜月。十一月の始まりは、穏やかな晴天となった。
昨夜遅く、今年の神議りが終わり帰ってきたイヨズヒコ。嬉しさをぐっと堪えて、礼儀正しく迎えた早苗だったが、彼の神はずいぶんと顔に疲れを滲ませていた。
酒とも言わず、さっさと布団へ潜り込んで眠ってしまった。
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