第1話

693/725
前へ
/725ページ
次へ
目を開けると、そこには見慣れた天井と照明器具。 ……カーテン越しに入ってくる光はやけに明るい。外から雀の元気なさえずりが聞こえる。 それもそのはず、時刻はもう午前十時になろうかというところ。 ふと隣を見る。守札の主の布団はとうに上げられていた。気怠い身体を起こしてみるが、やはり早苗はいない。学校か、とぼんやり考える。 やっとのことで、今年の神議りが終わった。柄にもなく寝過ごしてしまうくらい、例年になく疲れる縁結びだった。 袍を脱いで単と大口袴姿で眠っていたのだと、今更気づく。 この家にイヨズヒコの着替えまでは用意されていない。イヨズヒメが持ってくるのを気長に待つしかない。 …………早苗のいないこの部屋は、退屈だ。 もう一度、ごろりと床へ横になる。 早苗について初めて此処へ来たのは、今年の元日。あれから十ヶ月が経ってしまった。 『汝……端から『選んだ』のではあるまいな』 以前、瀬織津姫に詰め寄られたことがある。あの場では白を切ったが、彼の女神の言うことは的を射ていた。 椿神社の初詣客は、毎年約十五万人。十五万人の中で、『ちっこいの』は異彩を放っていた。とびきりを見つけて、イヨズヒコは分霊先に早苗を選んだ。 自分の目に狂いはなかった。時とともに早苗は目に見えて熟れていく。遠く出雲から超大物が足を運ぶほどに。 鬼が噂を広めたために羨望の的となり、いつ誰が押し掛けてきてもおかしくない状況は続いている。 此処に、いつまで居られるか。 考えない日は、ない。 「あなた」 呼びかけと同時に、コンコンとガラスを叩く音。立ち上がって、カーテンを開ける。 「其方か」 サッシを開けて入ってきたのは、言わずと知れた妻であるイヨズヒメ。なんというタイミングで入ってくるんだ、などとうっかり言えぬ。 「お着物をお持ち致しました」 落ち着いている時はそこそこ妻らしいのに、悋気の強さは並ではない。 「そのお姿では外出もままならないでしょう?」
/725ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加