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「よぉ。相変わらず辛気臭い面してんのな」
鉄格子の外にはこいつ用の椅子が用意されている。
おれが捕まった頃、よく会いにきたこいつに気を利かし看守たちが椅子を用意したのだ。
それ以降この椅子は五年間その場に鎮座している。
「…あぁ。元からこんな顔なんだ。気にしないでくれ」
「どうしたんだ?いつもより淀んだ声だ」
なんでそんなことで異変を察知する。いつもそうだ。
この男はおれのちょっとした変化を声や態度、表情で感じ取る。
「別に…ただ夢で夏恋がおれの名前を呼んでただけだ。それで心が揺らいだだけだ」
「そうか…俺はずっとお前に言ってきたよな。あのことは忘れてもいい。お前が覚えておきたいのなら覚えておけばいい。ただ忘れたいほど苦痛なら忘れろ。それがまず、お前の第一歩だ」
「あぁ。そうかもな。なんで海斗はよくおれに会いにくる?」
海斗は看守から受け取った鍵をチャラチャラさせながら牢の扉を開けた。
「ん?」
おれが不思議そうな顔をすると海斗はおれの手を掴んだ。
「え、」
おれの顔に疑問を読みとったのか、小声で呟く。
「お前を狙ってる奴がいる。今ここを出でもしねぇとお前は寿命より先に死んじまうんだ」
必死な彼の目がどれほどの殊なのかを物語っていた。
「なんでだ?てゆうか、おれは死んで当然の人間だぜ」
死ぬと言われても全く動じなかった。むしろ彼がおれを救おうとしていることが不思議でたまらなかったのだ。
「俺にとっては当然のことじゃないから。お前に今死なれると困るんだよ」
何か思いつめたような苦しげな苦悩に満ちたそんな声を聞いたのは初めてだった。
この五年間でそんな彼を一度たりとも見たことがなかったから面食らってしまったのだ。
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