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いこいこと腕を引っ張られて連れ去られそうになっていたところで、わぁっと大きな声が街中で響いた。
その声がかき消していた音と歌声が私の耳にも聞こえてきて。
すでに人だかりになっているほうを見ると、人の頭の向こうにカイリが見えた。
立ち止まるのは若い女の子ばかり。
きゃあきゃあはしゃぐ声と、カイリの弾くギターの音とマイクを通した歌声。
「…偶然じゃなさげ?」
智は私に聞く。
私はうんうん頷いてあげる。
「何年つきあってるんだよ?」
「5年目の記念日、もう過ぎたよ」
「ながっ。妄想だろ?相手はあんなんだし」
哲也は認めようとしない。
妄想だったことにしてみよう。
「妄想みたい。私がここにいて、あいつがゲリラ路上ライブをあそこでやるのは偶然みたい」
私は合わせてみる。
「相変わらずキラキラなイケメンだな。女子高生にモテモテ。歌もギターも上手いし」
智はそんな感想をくれて、そのキラキラは私にはわからないかもしれない。
眩しくて見えないくらいのイケメンに見えるらしい。
それはなんだか嫌かもしれない。
そんなイケメンとはつきあいたくない。
その中身は空っぽのハリボテのように思う。
カイリは一曲弾き終わると、たくさんの拍手と歓声をもらって。
「うるさ…。いこ?キノ」
智はこの場から逃げたそうに言ってくる。
私は1曲聴いてやったし、若い女の子にきゃあきゃあ言われているのも見たくないし、智たちと移動しようと歩き出す。
「…で、新曲PRとしてこういうゲリラってるわけで…。……っ、ちょっ、そこっ!待てっ!」
マイク越しの大きな声でカイリの焦った声と、どたばたした物音に、カイリのほうを見てみる。
カイリは思いきり私を指差してこっちを見ていた。
その指先にそこにいた人たちの視線がこっちを見る。
私はごまかすように哲也と智を見る。
「だめっ!それ俺のっ!俺の嫁っ!」
カイリはまだマイク越しになんかほざいている。
哲也と智は私を見て、何かすべての視線が私に集まっているような気がする。
カイリの声はマイクを切られて、でもマイクを通さない大きな声が止めてくる。
やめてほしい。本気で。
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