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「私も若い頃は無茶をした。元々、短気でな。警察の厄介になったこともある。しかし、今は違う。空手に出会ってから、心構えが変わったんだ。」私はビールを片手に入門生に心得を垂れる。
「いいか。空手というのはスポーツとは違う。言ってみれば、手に何も武器を持たずに敵と相対した時の暗殺法なんだ。ボクシングが定められたルールの中で相手を倒す競技であるのとは対照的だ。」
「へー。そうなんすか。」餃子をパクつきながら入門生が相づちを打つ。なんか軽い奴だ。
「ボクシングは突き出した拳をすぐに引いて、連打で相手の脳を揺らし気絶させることを目的としている。相手が倒れてしまったら、終わりだ。その先の技はない。」
入門生はラーメンをかきこんでいる。ちゃんと聞いているのだろうか。
「今日教えた、空手の型を思い出してみろ。足を開き、拳を突き出すだけだろう。空手は拳を引かない。一突入魂なんだ。体重を乗せて、一撃で相手を倒し殺す。空手家の拳は石のように固い。殺人法なのだから、相手が倒れてからの踏みつけ、かかと落としなどの技もある。」
私もシメのラーメンに取りかかる。
「ふーん。空手って恐いっすね。」
「そうだ。だからなのだ。心得が大切なのだ。滅多なことでは拳を振るってはならない。一度拳を振るえば、それは相手を殺す時なのだ。決して一般人に技を使うな。」
入門生は不服そうだ。
「喧嘩になったらどうすりゃいいんすか?」
「それが、押忍の心なのだ。相手を圧倒的に凌駕し、気持ちで押す。そして忍ぶ。自分が圧倒的に強ければ喧嘩にはならない。ヤクザでも空手家とは喧嘩したがらないんだ。」
いよいよ、最後の餃子を残すだけとなった。私は箸を置き、心静かに目を閉じた。
「あ、その餃子食わないんすか。いただきます。」
【読売新聞ニュース】
昨夜、夕方9時頃、空手道場師範代、内藤泰幸(34歳)が突然、その門下生を殴り、錯乱。
門下生は意識不明の重体。駆けつけた警察官に取り押さえられ、内藤はその場で現行犯逮捕…
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