あの駅で

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僕は今日も重い体を引きずり、駅のホームのベンチに腰を降ろした。試合が近い。部活でこってり絞られた。 日が落ちて、すっかり薄暗くなってきた。家路に急ぐ人の群れが無言でホームを行き来している。どこからか聞こえてくる救急車のサイレンの音。 「近藤君。久しぶり。」突然声をかけられ振り向く。 制服姿の女の子が手を振りながら微笑んでいる。背中まで伸びた髪がハタハタと風になびいている。え?だれ? 「えーと。どちら様でしたっけ?」 「えー!忘れたの。緑ヶ丘中学の新山よ。」 新山? 「えー!あの、おかっぱメガネの?」 嘘だろ。人間、変われば変わるものだ。こんなに可愛くなるとは… 「おかっぱメガネって失礼ね。」僕の隣に腰を降ろしながら答える。 フワッといい匂いがした。 「あ、ごめんごめん。ホント久しぶり。2年ぶりかなあ?」 「うん。私は、たまにこの駅で近藤君のこと見かけてたけどね。」 そうなのか。全然気づかなかった。と言うかこれだけ変わってたら気づくはずがない。 「まじで?声かけてくれたらよかったのに。」 「だから、声かけたよ。」 真っすぐな瞳がまぶしい。 僕らは電車の中で夢中で話しをした。降りる駅が近づいてくる。なんだか名残惜しい。いや、しかし、また学校帰りのあの駅で一緒になることもあるだろう。 「また、会えるよね?次からは僕も声をかけるよ。」 「ねえ、知ってる?私、近藤君のことずっーと好きだったんだよ。」 心臓がドクンと波打った。だ、大胆だなあ。 「わ、私ね。心…されたんだ。」急に涙ぐみながら顔を覆う。 え?どうしたどうした?と思いながらも悪い気はしない。 人から好かれることがこんなに心を暖かくするなんて…僕もちょっと感激して涙ぐみそうになる。 「また、必ず会おう。あの駅で待ってるよ。」 「本当?嬉しい。」 あれだけ重かった体が嘘のように軽い。今なら飛んで家まで帰れそうだ。 「ただいま!」僕は勢いよく玄関の扉を開けた。 オカンがテレビにかぶりついてニュースを見ているところだった。 「近くで殺人事件があったみたいだよ。怖いね。女子高生刺されるだって…」 「ふーん」僕は上の空で答えた。そう言えば救急車のサイレンが鳴ってたなあ。 僕は牛のように新山さんの先ほどの会話を反芻していた。 (わ、私ね。心されたんだ。ワワタシネココロサレタンダ…ワ、ワタシネ。コ、コロサレタンダ)
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