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そうして店長である美月はカウンター越しに咲良に向けて両手を広げ、ただの一人も客のいないガランとした店内を一望する。
店は通りから一本中に入った所にあるせいか、通りを走る車からは発見が難しい。
故に客は近所のお得意さんばかり。
そうなると朝や昼にパラパラと客が座る程度。
本当なら広告を作ったりと集客に勤しむのであろうが、美月曰く『咲良くんのお給料が出ればいいわよ。どうせ道楽でやったお店だし』との事らしい。
時刻は夕方。
みつばちにとって全くもって客の入りがない時間帯だ。
「咲良くーん。どうせもう今日はお客さん入んないから上がっていいわよ」
そうして退屈そうにカウンターに肘をつき、己の入れた激甘のコーヒーを啜りながら美月は目の前で店の床にモップ掛けをしている咲良にそう声を掛ける。
咲良は基本、週五で朝の八時間から夜の八時までの十二時間、休憩を抜い八時間働いている。
しかし、今はまだ夕方の六時。
まだ終業時間まで二時間ある。
「客は関係ない。時間まで働く」
「別にお給料はちゃんと出すから気にしなくてもいいわよ?」
「そういう問題じゃない。アンタにとってはどうか知らんが、俺にとってこれは仕事だ。仕事はきちんとこなす」
「つまり、咲良くんは少しでも長く美月おねーさんと同じ空気を吸いたいわけね」
「一気に帰りたくなった」
それからも二人は同じような軽口を叩き合い、咲良の終業時刻の夜八時までに三人の客を捌き、咲良はその日の仕事を終えた。
「咲良くん、お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
「で、今日はどうする?ご飯食べて帰る?」
「そうだな……帰ってから作るのは面倒だしな」
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