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先程まで涙で濡れていた表情は、今は仮面を張り付けたような無表情に変わっていた。
それは、強くなったが故の事では無い。
花子の心に穿たれた大きな穴。
圧倒的な虚無感によるものであった。
探偵助手としての立場、自己を支えていたプライド、そして周囲からの期待と信頼。
それら全てが、花子自らの拙劣な行動によって瓦解した。
今まで、不断の努力によって保っていた自分の存在価値、それすらも崩れ去ってしまった今、花子からはもはや何の感情も湧きでる事は無かった。
重苦しい静謐に包まれた部屋は、そのまま花子の虚無感に満ちた心中と同一の様相を呈していた。
だがその時、響いたノックの音によって、部屋を包んでいた静謐が壊れる。
それと同時に、花子の心に僅かな色が戻った。
少しだけ現われた行動力を使って、花子はベッドから立ち上がる。
そして、ワイシャツのボタンを留めながらドアスコープを覗いた。
雨宮や小花や東吾なら、無視するつもりだった。
だがドアスコープ越しに見えたのは、その中の誰でもない、羽鳥の姿だった。
羽鳥がこんな時間に何の用なのか、首を傾げる花子。
もしかしたら先刻の自分の失敗について、羽鳥からも咎めたい事があって来たのかもしれない。
そんな事を考えた花子は、拳を握って唇を噛んだ。
悪いのは全て自分なのだ。
しかも羽鳥は、命の恩人でもある。
だから、それを咎めに来た羽鳥を追い返したり無視したりする権利は自分には無いと感じた。
花子は、ゆっくりとドアを開いた。
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