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「ハッピーバースデー」
ドアが開いた瞬間、羽鳥は持っていたロウソクの火を吹き消して、花子にとって、忘れ得ぬ言葉を発した。
「…………」
呆気にとられる花子、表情一つ変えずに佇む羽鳥。
花子を支配していた虚無感すら一掃する程の脱力感が、花子の中に湧き上がる。
「……誰から聞いたんですか?」
「ノーコメントでお願いします」
やっとの思いで発した言葉を、羽鳥が打ち消す。
しばらく微妙な沈黙が流れるが、それを破ったのは羽鳥だった。
「少しお邪魔してもよろしいですか?」
「えっ?あっ。はい、どうぞ」
大滑りした後とは思えぬ優しい笑顔で言う羽鳥に、花子は思わず入室許可を出す。
どのような形であれ、羽鳥に対する緊張感と自身に対する喪失感に囚われていた花子の心に、人の話に耳を傾けられるだけの感情が戻った。
――これでいい。
羽鳥は心の中で呟いた。
いくら話をしても、馬耳東風では意味が無い。
羽鳥には、花子が複雑な感情にいる事が分かっていた。
花子が、自分が守り抜いてきた全てのものが無くなってしまったような錯覚に陥っている事も、ななかに叱責されたことによって、羽鳥に対しても緊張感を抱いてしまっている事も、分かっていた。
だからこそ、羽鳥は外した。
花子の抱いている緊張感を取り去る為に。
赤原では駄目なのだ。
花子は赤原に対しては確かに迷惑をかけたと思ってはいるだろうが、羽鳥に対するものと同じだけの引け目や緊張感は抱いていない。
花子が虚無感しか持っていない状態で気を抜く発言をしても、意味は無いのだ。
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