205人が本棚に入れています
本棚に追加
涙が頬を伝うのが分かった。
悲しいのではない。
瞬きを忘れていた。
見つめていた歩道に、亜沙美の姿はなくなっていた。
一体何なのだ――。
目を閉じ、タオルあてて考えた。
援交を終えて出てきたところだったのだろうか。
ヤクザの総本山のようなビルで? それも朝から?
あたしの経験上それは考えにくい。
ならばあのビルの中に住んでいるのか。
ヤクザの総本山のようなビルに?
どこの奇特な人間がこんな物件に住むものか。
では一体何の偶然なのだ――。
そう言えば、あんな格好でどこへ行ったのだろう。
バッグも持っていなかった気がする。
そこのコンビニ?
そう思って顔を上げると、手にビニール袋を下げた亜沙美が右から戻ってくるところだった。
あたしは階段を駆け下りながら思った。
こんなに側にいるのだ、一声掛ければ謎が解けるはずだ。
階段から道路までの数十メートルを走り寄るあたしに、亜沙美が気づいて視線をよこした。
2、3秒こちらを眺めると、プイと視線を前に戻し、歩を緩めることなくエントランスに近づいて行く。
あたしが「待って」と声を掛けたのに被せるかのように、独特のクラクションが鳴り響き、メルセデスがビルの駐車場に入って行った。
亜沙美が立ち止まり、駐車しているのを眺めている。
メルセデスから降りたパンチパーマが亜沙美に手を挙げ、2人は談笑しながらエントランスをくぐっていった。
最初のコメントを投稿しよう!