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「───あぁ、また夜が来る」
誰かが、そんなことを呟いた。
黄昏時の夕暮れ。辺りは薄暗く、陽は沈みかけ、夜の闇と陽の茜色が曖昧になる刻。
星達は疎らに散りばめられ、蒼白い月は時を重ねるごとに色を増していく。手を伸ばせば届きそうな程に大きな満月である。
「……夜は嫌い」
もう一度。誰かが、そんなことを呟いた。
今度は先程よりもはっきりと。鋭い冷たさを含んだ秋の風によって運ばれてくる、微かな冬の香りとともに。
「夜はいつも……私から奪うばかり」
陽の光によって微かに紅く染まった柔らかな黒髪を靡かせる少女。
何処かのお伽噺に出てくるお姫様のような、愛らしい顔立ち。漆黒の瞳は零れそうな程大きく、透き通るような白い肌。
スッと通った鼻筋に、形の良い唇。睫毛はその大きな瞳に影を作り、妖艶さを醸し出している。
けれど、確実に彼女を引き立たせるであろう筈の右の瞳は、髪によって隠されていた。
「───地に堕ちた龍は、十字架を刻まれた」
それは何処かで聞いたお伽噺。そして、彼女の中にある記憶の残滓。
「自ら十字架を望むもの、自ら十字架を刻んだもの、自ら十字架を刻まれたもの」
不意に、風が吹く。
決して強くはないけれど、彼女の隠された右目を露にするには十分すぎるものであった。
───十字架。その瞳に刻まれていたのは、十字架に張り付けられた龍。
「次に地に堕ちた龍を待っているのは───」
彼女は自身の右目に手を当てると、呟く。
その声は風に拐われ、秋の空へと溶けて消えてしまったけれど。
「───」
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