第八話

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 その秩の様子に気付いた沖田が秩に寄り添う。 「どうしたんですか?」  優しい手付きで秩の涙を拭きながら沖田が問う。  到底自分が労咳に罹って居るかもしれないとは言えなかった。 「なんや幸せ過ぎて、こわぁなってしもて・・・」 「そうですね。怖いくらいに幸せです」  沖田は身体をずらし秩を後ろから抱き寄せる。  目の前にはヒラリユラリと赤い紅葉が舞い落ちていた。 「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」 「百人一首ですか」 「へー」 「ですが、あまりにも悲しい歌ですね。そんなに不安にならないで下さい。きっと無事に生まれます」  秩は沖田の言葉に答える事が出来なかった。その秩を励ますように明るい声で沖田が言う。 「さあ、秩さん。女子の名前は任せましたよ」  秩は背中に沖田の体温を感じながら腹に手を添えた。  ウチはこん子の成長を見届ける事が出来ひんかもしれへん。  こん子だけではおまへん、ゆきん成長も、総司はんの此れからも。  もしそないなったら、お子達には前を向いて一日一日を大事に生きて欲しい。  京ちゅう街で出会いウチと過ごどした日々を糧に、総司はんには幸せを求めて進んで行って欲しい。 今、ちゅう時を愛おしんで大事にして欲しい。  秩は生まれて来る子に遺してやれるのは、そんな思いのこもった名前しか無いのだと思った。 「総司はん、『キョウ』なんてどないやろか?」 「キョウ、どんな願いが込められているんですか?」 「ウチラが出会って愛し合った京ん街を忘れへんように。  産まれて来る子には、今日をそん時を大事に力強う生きて行ってほしい」  沖田は口の中で『キョウ』と数度繰り返す。 「良い名です。では女子ならキョウにしましょう」  その二日後、秩はついに血痰を吐いた。
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