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一方、母屋に戻ったトクは居たたまれないような罪悪感に襲われていた。
トクには息子が三人居る。次男三男は早くに独立して家を出ていた。
後継ぎの長男は居るのだが、その長男の信太には四十の坂を越えたと言うのに子が無かった。
それは、二十五の時にめとった嫁との間に子が出来ず、三十路になった時に新三郎が跡継ぎの不安から、無理やりに信太と嫁を離縁させた。
その後信太はけして次の嫁をめとろうとはせず、部屋に引きこもるようになっていたからだった。
それもあって秩を養女分に迎えたのには思惑があった。
一緒に生活することで信太が秩に心を許すのではないか、上手く行けば諦めていた跡継ぎが出来るのではないか。
そして、もう一つ。
壬生浪士組の医科手当所となった事で、トクの仕事が増えるのは目に見えていた。
薬草を用いるのは新三郎だが、養生の世話となるとどうしても女手が必要となる。
しかし浜崎の家には女手が足りなかった。
トクにしても五十も中頃を過ぎて体力の衰えを感じ始めいた。
そして何より、荒くれ者の男達でも若い娘が相手なら無茶な事は言わないだろうと考えての事だった。
そんな考えがあったが故に、思っていたよりも遥かに美しい容姿をした秩を見て、例えコブ付きだとしても良い縁があったのではないかと思い、トクは申し訳なさで心を痛めたのだ。
ほの暗い勝手場の小上がりに腰掛けていたトクは、大きな溜め息を吐くと立ち上がった。
頭を軽く左右に振って夕餉の支度に取り掛かろうと、母屋と離れとの間にある井戸に向かったのだった。
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