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井戸に着き釣瓶に手を掛けたトクの目に、仲良さげに縁先に腰掛ける秩親子の姿が映る。
先程の固い表情では無く穏やかな愛情の滲む表情に、トクは暫し身動きが出来なかった。
そんなトクに気が付いた秩が立ち上がり井戸端へと近づいて来る。
「おかあはん、てったう事はおまっか」
不意におかあはんと呼ばれ驚くトクだったが、更に驚く事に秩の後ろを着いて来たゆきが、
「おばあちゃん、金平糖おおきに」
と、屈託のない笑顔を見せた。
トクは何とも言えないような温かな気持ちに包まれた。
悪く言えば利用する為に養女分として招き入れた秩が、直ぐに自分を母として扱ってくれた事もだが、ゆきまでもが自分をおばあちゃんと呼んでくれたのだ。
面はゆいような嬉しい気持ちにトクは戸惑いながらも、秩親子の味方になってやらなければと思うのだった。
はにかんだような表情を浮かべるトクの手から釣瓶を取ると、秩は勢いよく水を汲み上げる。
「おかあはん、こん桶でええやろか?」
井戸の端に置いてある桶を見ながら、秩が聞く。
トクが「そんでええ」と答えると、ゆきが自分の身体が入りそうな桶を引き摺り秩の足元に寄せようとする。
その力の入った小さな手を見ると愛しさが込み上げ、トクはそっとゆきの手に手を添えた。
「おばあちゃんも、てったてくれるん?」
嬉しそうなゆきの顔を見て、トクは目尻の皺を深くして頷いた。
「ゆきは、ええ子やな。今度からは、おばあちゃんのてったいもしてくれるか?」
「ええよ。手伝ってあげる。やからぎょうさんあそんでな?」
子供らしいゆきの答えにトクと秩が笑い声を上げる。
こうして秩の浜崎邸での生活は始まったのだった。
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