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「おかあはん、これ・・・」
「小遣いどす。甘いもんでも食べてきたらええ」
キャーと、嬉しそうな声を出したゆきに負けない笑顔を見せると、秩はトクに頭を下げた。
「おおきに、おかあはん」
秩はトクの心遣いが嬉かった。
前夫の家より生家に戻ってからと言うもの、兄嫁への遠慮から父母も秩に自由に使える銭は渡してはくれなかった。
必要なものは母に頼み用意してもらうのが当たり前だった。
何も無い田舎だった事もあり、さほど不自由は感じて居なかった。
だが、町に出た際にはゆきに団子の一つでも買ってやりたいと思ったものだったのだ。
秩は嬉しさのあまりに声が震えた事を思い、恥ずかしさを覚えながらも顔が歪むのを止められなかった。
秩の頬に一筋涙が伝う。それを隠すように汗を拭く振りをして、素早く手拭いで拭う。
そんな秩をトクは穏やかな目で見ていた。
「ほな、はよ行きや。大宮道を真っ直ぐ行くんやで。そのうち、大きい五重塔が見えるよって、そいを目指して行きや」
「へえ、ほんまにおおきに」
何度も頭を下げる秩にトクは苦笑しながら、その背中を急かすように押す。
秩は多くを語らないトクの優しさに感謝しながら、準備をするために離れへと向かった。
準備を終えた秩とゆきは初めてと言って良い京見物に、胸を躍らせながら綾小路を東に歩いて居た。
寺前町辺りに差し掛かれば、通りの両側に寺が犇めきあうように立ち並ぶ。
その中の一つの寺の前を通りかかった時、門前を掃き清めていた老僧が秩とゆきに声を掛けた。
「おや、お出掛けかい?」
「へえ、和尚はん。東寺さんに蓮を見に行こう思うて」
ニッコリと笑う和尚に秩は嬉しさを隠し切れない様子で答える。
秩はこの光縁寺の和尚が好きだった。
意外に余所者に厳しい京である。いくら浜崎の家の養女分と言ってもすぐさま受け入れられた訳では無かった。
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