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沖田がキミを連れて来て以来、秩は沖田に会おうとしなかった。
本心は逢いたくて逢いたくて仕方が無かった。
恋い焦がれ夢に見る沖田は以前と変わらず笑顔を見せてくれた。
だが、現実に会ってしまえばキョウを取られるのでは無いか、本当に捨てられるのでは無いかと恐くて逢えなかった。
そうしている間に師走を迎え、五日には一橋慶喜が十五代将軍となった。
「秩、今日も総司はんに逢わんつもりか?」
「・・・」
トクは大きな溜め息を吐く。
「もう、見てられんわ。アンタも総司はんも辛い顔して、なんを意地はってんのどす」
「・・・」
「かれこれ一月になるんどすえ。キョウかて、こないに大きゅうなってるんやし、逢わせてあげたらどないどす」
トクは何も答えようとしない秩に肩をすくめると部屋を出ていった。
秩はここ一月悩んで、ある答えに行き着いていた。
もう総司はんには逢わん方がええ。
総司はんに労咳が移ってもかなわん。
それに今やったら綺麗なままのウチを、覚えててくれるかもしれへん。
何よりウチは総司はんを怨みとうない。
女としての自尊心を守る為と、沖田の事を思うとそれ一番良いと、秩は思っていた。
暮れも迫った頃、秩は眠れぬ夜を過ごしていた。
何時かの夜と同じように、青い冴えた月が夜空に輝く。
窓の障子には木の枝の影が写っていた。
秩は床の中でその影が小さく揺れるのを眺める。
隣にはあの時のゆきと同じようにキョウが眠っている。
ゆきはキョウが産まれると同時に、秩の負担を考えたトクがつれていって一緒に寝ている。
秩は静かな暗がりの中で沖田の姿を思い浮かべた。
出会ってからこんなにも長い間顔を見なかった事は無かった。
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