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・・・総司はん・・・
思い描く総司は何時も緩く微笑んでいる。
「ホンマは逢いたいんよ・・・」
そう呟いた時。山南が切腹した夜のように、庭の植え込みを揺らす音がした気がした。
「フフフ・・・
あかんね。幻聴まで聞こえるようになってしもた・・・
コホ コホ ケホ ゴホゴホ・・・」
小さく笑い呟くと同時に、咳が込み上げる。
秩は敷き布団の下に入れてある手拭いで口を覆うと、布団に顔を埋める。
周りに聞かれる訳にはいかなかった。
聞かれればキョウは連れて行かれてしまう。
今となっては秩に残された、たった一つの沖田との温かな思い出だ。
否応なく涙が流れる。苦しいのは何も病だけが原因では無かった。
涙にむせびながら治まらない咳と闘う。
喉の奥に圧迫感と熱を感じる。
ああ・・・ まただ・・・
「ゲホ ゲホ グッ カハッ ハアハア・・・」
秩は手拭いに付いた血を眺め、遣る瀬無さに小さく息を吐く。
その時だった。
パッシと音を立てて襖が開くと、年の瀬の冷たい夜気と供に人影が部屋に飛び込んで来た。
何事が起ったのかと秩は慌てて手にしていた手拭いを握り込む。
「秩さん、大丈夫ですか。余りに酷く咳き込んでるから・・・」
そこには逢いたくてたまらなかった沖田が居た。
だが今の秩には愛しくて恐ろしい存在なのだ。
「出て行っておくれやす。キョウを取れへんで。
うちにはキョウとゆきしかいーひん」
「何を言っているんです?」
沖田が秩ににじり寄る。
月明かりにクッキリと浮かび上がった沖田の姿は、一月程前に見たよりも面やつれしていた。
「あかん。近寄れへんで、うちを見んで。
痩せ衰えた女子なんて御免でっしゃろ?
かなキミはんとやらん所に行かはったらええ」
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