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土方は言いたい事だけ言うと懐に片腕を突っ込んで去って行く。
それを秩は頬を抑えたまま茫然と見送った。
土方の姿が前方の角を曲がって消えた所で、秩の後ろに隠れていたゆきが泣き出した。
「おかあはん、あのおっさん怖い・・・」
土方の表情と物言いに内容など理解出来ていなだろうゆきにも、土方が厳しい人物だと言う事は伝わったようだった。
「ゆき、どもないどす。なんも怖い事はあらしまへん。
土方はんのしゃべる事は、間違っておりまへんから」
ゆきに目線を合わせて秩が言うと、本当かと言うようにゆきが首を傾げる。
秩は自分の右頬を人差し指でそっと撫でる。
其処には、小さいアバタが三つ固まってある。
それは小さな頃に罹った水泡の跡が残った物だ。
秩にはこのアバタが気になり、ついつい右頬を隠したり俯きがちなる癖があった。
その為に何時も陰気にみられたり大人しそうに見られがちで、実際の自分とは違う印象を持たれる事が常だった。
直したいと思ってはいるが、秩の中にある女心が邪魔をして中々上手くいかないのだ。
「ホンマどす」
首を傾げたままのゆきに秩が再度話し掛けると同時に、秩の後ろから盛大に笑う笑い声が聞こえてきた。
「ふっはは・・・」
「ヒッヒヒ」
「おっ、おっさんって・・・ ブッ」
三者三様の笑い声の主を見れば、大中小揃った三人組の男達であった。
「永倉はん、原田はんに、藤堂はんやおまへんか」
和尚が親しげにその三人組に声を掛けると、腹を抱えて笑ったまま頷いてみせた。
そしてその三人の中の一人は、秩も会った事のある人物だった。
「ごめんやす。原田はん、おなかん具合はようええのどすか?」
原田と呼ばれた大中小の大の男は、浅黒い肌に白い歯を覗かせてポンと腹を叩いて見せると
「秩ん所の薬は良く効くな。もう、大丈夫だ」
と言って、隣に居た中の男の肩を叩く。
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