第九話

10/14
前へ
/178ページ
次へ
 そう言ったトクの手元には、きちんと行李の中に仕舞われた白無垢があった。 「おかあはん・・・」  秩の目に涙が浮かぶ。  労咳に侵され、いつ儚くなるか分からぬ身となり、沖田との祝言は諦めていた。  白無垢等縁の無い物だと諦めていた。  だが、その諦めた夢が俄かに現実になろうとしていた。 「そないと決まれば、日取りはいつにしはる?」  信太が言うと、新三郎が束の間考えて言う。 「ちびっと準備もおますし、今月ん二十日にしよけ。  総司はん、呼びたい人がおいやしたら人数やけおせておくれやす。  場所は家どすから」 「はい」  着々と進む話を他所に、秩の目はトクの広げた白無垢に釘付けになっていた。  透き通るような青みがかった白が眩しく見える。 「コン コン」 「総司はん、また咳どすか?」  沖田が小さく咳き込んだのを不安気に秩が見た。 「心配ないですよ。この前夜中に外に居たので冷えて風邪をぶり返しただけです」  そう言って秩の耳元で囁く。 「誰かさんがヤキモチ焼いてた時です」 「もう、総司はんのいけず」  照れた秩の手を沖田はそっと握る。 「ヤキモチを焼かれるのも偶には良いですね。  それだけ私が好きだって証拠でしょ?」  嬉しそうな沖田の笑顔に、秩は呆気に取られて何も言う事が出来なかった。  秩と沖田の祝言は麗らかな空の下行われた。  新撰組からは、近藤と藤堂を除く試衛館の者が出席した。  皆、縞袴に紋付を着こみ現れた時には、何処の役者が揃ったのかと思う程だった。  口々に祝いの言葉を述べながらも沖田をからかう様子は、心から祝っているようで温かな心持になる。  あの土方でさえ普段の仏頂面を引っ込めて穏やかに笑い、男振りを数段上げていた。  それを見たキョウの乳母のキミなどは、自分が子持ちの人妻である事を忘れ、黄色い声を上げた程だった。
/178ページ

最初のコメントを投稿しよう!

508人が本棚に入れています
本棚に追加