第九話

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 沖田は秩を床に寝かせると目を閉じさせる。 「秩、少し新三郎さんと話しがあるので母屋に行ってきますね」  秩が頷いた事を確認した沖田は離れを出ると、母屋では無く土蔵の陰へと駆け込んだ。  その沖田を激しい咳が襲う。  身を屈め手拭いを口に押し当て肩で息をする沖田は、口元から離した手拭いを見て、小さく笑う。 「ついに私にも来てしまいましたか・・・」  昨年の秋頃より続く咳に、そんな予感はしていた。  近藤の役に立てなくなるのではと恐怖に震えた事もあった。  だが、そんな恐怖も秩や子供達、浜崎の家の者と過ごす間は忘れられた。  それは沖田が求めていた小さな幸せが其処に溢れて居たからだった。  その幸せを失いたく無くて、沖田も自分が労咳に罹っている事を誰にも言えずにいた。  そうなって秩が自分や周りの者たちに、病に罹った事を言えなかった気持ちが分かった。  けして死ぬ事は望みはしない。だが、秩が居なくなった世は酷く寂しく暗い物になると思われた。    そんな冷たい世を感じる時間が少なくなって良かったのかもしれません・・・  娘達の事を思えば不安が無いわけでは無い。だが、キョウやゆきには浜崎の家がある。  トクや新三郎が居る。 「秩を一人にする訳にはいかないじゃないですか・・・」  沖田は自分を慰めるようにそう呟いた。 「わぁ、綺麗どすなぁ」  ゆきが満開の桜の下で手を広げて上を見上げる。  御幸桜がゆきに降り注いでいるように見えた。   「美しおすなぁ」  溜息のように秩が呟くと沖田がゆっくりと秩の手を取った。 「もっと近くで見ましょう。それに、もう一つ此処にきた目的があるんです」  沖田に手を引かれ秩も御幸桜の下へと入る。  桜の間から差し込む光が、桜一つ一つを縁取り輝かせる。  短い時を力の限り咲き誇る桜が秩には凛として見えた。
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