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トクが行灯に火を入れると、ボヤリと室内が明るくなった。
頼りなげな明かりは、肉の落ちた秩の顔を照らし、その陰影を浮き上がらせる。
丸みを一切無くした秩の顔は、周りに居る者の哀しみを深くした。
「秩!」
開いていた襖の影から、髪を振り乱しあちこちに草や泥を着けた沖田が駆け込んで来た。
「おとうはん」
「総司はん」
ゆきやトクの呼び掛けにも答えず、沖田は秩の枕元に滑り込むようにして座る。
その沖田の手には僅かに茶色く変色しかかったすずらんがあった。
「秩、秩。もう一度見たいと言ったすずらんです。
のんびり屋が一輪だけ居たんですよ」
沖田は何かを託すようにそのすずらんを、骨と皮ばかりになった秩の手に握らせた。
「秩、目を開けないと見えませんよ?
すずらんです。もう一度見たかったのでしょう?
秩!」
沖田の胸を苦しくする呼び掛けが続く。
袴の裾についた土が、髪についた葉が、すずらんを死に物狂いで探してきた事を伝えていた。
「秩、目を開けてください。
もう一度、すずらんを、私を見て下さい」
沖田の様子に、小さくトクが嗚咽を漏らす。
沖田はすずらんを握らせた秩の手を自分の胸元に押しあて、瞬きもせずに秩の顔を見ていた。
空に顔を出したばかりの月は柔らかく辺りを照す。
夏間近な暖かな風が、開けられた窓から流れ込む。
その風は行灯の火を僅かに揺らし、秩の額にかかった髪を撫でる。
「秩、どうしたら目を開けてくれるのですか?・・・」
沖田の懇願する声が悲しみに満ちた部屋に溶け込む。
その時、沖田の握る秩の手が微かに動いた。
「秩!」
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