第十話

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 秩の睫毛が小さく震えた。  やがてゆっくりと瞼が持ち上がる。 「秩、見えますか?」  虚ろだった秩の目が空をさ迷い沖田で止まる。  口元が歪んだ所を見れば見えて居るようだ。  沖田は胸元にあったすずらんを握らせた秩の手を、秩の目の前に持っていく。 「ほら、すずらんですよ」  秩は目を細めた。 「ホンマ・・・ すずらんどすなぁ・・・」  意識を集中していなければ聞き逃しそうな声だった。 「ゆきとキョウは?・・・」  ゆきがくぐもった声で返事をすると秩の近くへ寄る。  キョウはトクが抱き上げて秩の見える所へ移動した。  それを見ると秩は沖田に頼む。 「総司はん・・・   起こして・・・ おく・・・」  秩がみなまで話す前に、総司の手がごつごつとする秩の体を、横抱きに抱え起こす。 「これで良いですか?」  小さく瞬きして沖田に返事すると、途切れる声で秩は話した。 「ゆき・・・ キョウ・・・  ええ子で・・・ 幸せん・・・ なって・・・」 「へー、おかあはん」  未だ七つだと言うのに、ゆきは目にいっぱいの涙を溜めながら気丈に耐えていた。    秩はそのゆきの強さに安堵しながらも、心の中で頭を下げた。  無理させて、こないなおかあはんで、すんまへん。  許しておくれやす。  そして、キョウを頼んます。  トクに抱かれ寝るキョウに視線を移す。  キョウはきっとウチん事覚えてないやろね。  やて、キョウは大事なウチん娘や。  ちゃんと見てますぇ。  早よう大きなって、ゆきを助けてな。 「信太はん・・・ 志乃はんを・・・  大事にして・・・ おくれやす・・・   やっかいばかり・・・ すんまへん」 「なんを言うんや。わての方こそ、辛くあたってすんまへんどした」 「ほな、おあいこや・・・」  信太がクシャリと顔を歪める。秩はそれから目を離すと、 「おとうはん、おかあはん・・・  ウチを浜崎の家に・・・ 入れて・・・ くれて・・・   おおきに・・・ 楽しかったぇ・・・ ホンマ、おおきに」  そう言って、目を閉じて小さく息を吐いた。
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