第十話

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 そんな秩に不安を感じた沖田が秩を呼ぶ。 「秩、秩」  秩はノロノロと目を開けると沖田に微かに微笑んだ。 「総司はん・・・ おおきに・・・   ウチは・・・ ホンマに幸せどした」  秩の胸が大きく上下する。ほの暗い灯りの下で見る秩の顔は穏やかに見えた。 「ゆきと・・・ キョウを・・・   頼んます・・・  こんすずらんは・・・ 総司はんに」  秩は重そうにすずらんを持つ手を沖田の胸に当てると、すずらんごと沖田の着物を掴んだ。 「でも、それは秩さんのですよ」  ゆるゆると首を振って秩は沖田を見る。 「ウチは・・・ もう十分にもろうた・・・   やて、次は総司はんの・・・   番どす・・・」  沖田の目から堪えきれなくなった涙がポロリと落ちる。  それは力無く胸元を掴む秩の手に、生への諦めきれない思いを感じたからだった。 「泣かんといて・・・ 来世で・・・  待ってるよって・・・  総司はん・・・ 幸せんなっ・・・」  秩の手が沖田の胸から滑り落ちる。 「秩!」 「おかあはん!!」  狭い薄暗い部屋に、秩を呼ぶ声が響く。 「秩、秩、秩・・・・・・」  胸に秩の身体を抱き沖田が叫ぶ。  秩の手にあったすずらんが畳へと転がった。  秩さん、貴女は酷い人だ。  貴女の居ない世で、私に幸せになれと言う。  もう、幸せを十分もらったと言う。  私はもっと貴女と幸せを感じたかった。  もっと貴女を愛したかった。  もっと貴女に愛して欲しかった。  秩・・・  でも、貴女が幸せになれと言うなら、私に残された時間、力の限り頑張りますよ。  そうじゃないと来世で秩に怒られますから。    沖田は床に落ちたすずらんを拾い上げる。  それを秩の胸に置くと、誰にも届かない声で囁いた。  
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