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田植えの終わった静かな村を、女が幼子の手を引きながら歩いていた。
何処か硬い表情の女は疲れたのか、歩みの遅くなり始めた幼女に目線を合わせて座り込む。
そして、前方に小さく見えている樹齢百年は越えていそうな巨木のある、古びた門の家を指差して言う。
「ゆき、見てや。あれが新しい家や」
ゆきは女に似た色の白い小さな顔を、指が差す方向に向けると確かめるように澄んだ目をしばたかせた。
「あれなん?」
「せや、あの家や」
ゆきは期待と不安が混ざった目で女を見ると、目的地が思って居たより近かったのか、微かに微笑んで急かすように女の袖を引いた。
「はよ、行こ。おかあはん」
「ゆきは、げんきんやな」
小さく漏らして女が立ち上がった時だった。
賑やかな子供の声と草履のパタパタとなる音が後ろから近づき、追い越しざまに肩でもぶつかったようで、ゆきが両手を前に着いた形で倒れた。
突然の事に驚いて、うつ伏せに転んだまま動かなかったゆきだったが、驚きが収まる頃には地面に着いた掌の痛みに泣き声をあげた。
「ゆき、大丈夫か?」
女がゆきを抱えあげようとすると、横から節くれだった細く長い指の手がゆきを抱き上げた。
「すみません。怪我はありませんか?」
僅かに高い声がそう尋ね、その声に釣られて女が声の主を見れば、やけに涼やかに整った顔の男が自分の娘を抱いていた。
こんなにも綺麗な男が居るのかと女は束の間見惚れた。
だがそんな自分が恥ずかしく、女は直ぐさま俯くと、何かを思い出したように右頬に手を当てた。
「多分・・・ 大丈夫や、思います」
男はそうですかと答え、ゆきの手に傷がないか確かめると、数間先で様子を伺う子供達に向かい少しばかり大きな声を出した。
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