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新三郎は自分に頭を下げ、中々上げようとしない土方を見下ろしながら土方の言った事を思い返した。
壬生狼と言えど仲間を思う気持ちは自分達となんら変わらない。
確かに見てくれは粗末で、狼藉を働いた噂は耳にタコが出来る程に聞いて居る。
しかし、自分の前で頭を下げる土方と言う男は、濁りの無い真直ぐな目をした青年である。
新三郎は土方のその瞳に免じて、願いを聞いてやっても良いのではないかと思った。
「土方はん、頭を上げておくれやす。引き受けるならば条件がおます」
土方の頭が弾かれたように上がる。その顔には期待に満ちた目が輝いて居た。
「どんな条件だ。出来る事はする」
新三郎は余りの土方の勢いについ噴き出してしまいそうになったが、どうにか口元に力を込めてそれに耐えた。
「条件ちゅうんは簡単な事どす。絶対に家には争い事を持ち込まんで頂きたい。
壬生浪士組内部ん事やて、よそん事やてどす。出来はりますか?」
それに土方は力強く頷いて返す。
新三郎から出た条件は土方が想定していた物と、なんら違いが無かったのだから悩む事も無かった。
「そんなら、お受けおいやしたしまひょ」
新三郎にすれば家族の安全が守られれば、病人や怪我人を受け入れる事等容易な事であった。
新三郎の家には普段使われて居ない部屋が幾つもある。
また、薬草を扱う事もあって近所の者の面倒を見る事も今迄に何度もあった。
それ故に、新三郎の妻・トクもそのあたりの事は心得ている。
まして本来お人よしの所のある新三郎だ。困って居る者を放っておけるはずも無かった。
こうして浜崎新三郎邸は、壬生浪士組の医科手当所となる事になったのだった。
「ほして、秩はんにはウチん事と手当所んてったいをお願いしたいのどす」
トクの話を聞いて秩は、父の厳しい顔と何故自分のような者を浜崎家が受け入れたのか漸く納得がいった。
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