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普通の出戻り娘ならまた嫁ぐ事もあるだろうが、コブ付きとなればそう簡単には行かない。
その上、今聞いた話によれば巷で嫌われる程の男達を相手にしなければならないのだ。
到底おいそれと養女に出す親も居ないだろう。
(私は、厄介者だったのだろうか?
いや、おとうはんの事や、随分と悩んでウチに良かれと思って決めたに違えへん)
秩は父の顔を思いだし微かに感じた寂しさを打ち消すと、トクに向かって頭を下げた。
「よお分かりました。でける限り頑張りまひょ」
秩の返事を聞いて、ニコリと微笑んでトクは立ち上がる。
そして秩の横で未だに緊張した様子のゆきの前に座ると、懐から小さな包み紙を取り出した。
「ゆきちゃん、お近付きの印どす」
トクが包みをシミの浮いた手で開くと、中には色とりどりの金平糖が入っていた。
ゆきはそれの一つを恐る恐る小さな指で摘まみ上げ、秩の顔を様子を窺うように見上げた。
秩がそれに頷いて返すと、パッと顔を綻ばせて赤い色の着いた金平糖を口に放り込む。
その様子を嬉しそうに見ていたトクは金平糖を包み直すと、包ごとゆきの手に乗せる。
「ゆきちゃんのどす。ゆっくり食べておくれやす」
ゆきの頭を一撫でして立ち上がると秩に向かって言う。
「秩はん、今日からウチは、ゆきちゃんのおばあはんで、秩はんの母親どす。
秩と呼びまっしゃろから、秩もおかあはんと呼んでおくれやす」
慈愛のこもった目で秩を見詰めると、トクは暫く休むように言って母屋へと戻っていく。
「おかあはんか・・・」
トクの細い背中を見ながら秩が呟くと、ゆきの小さな手が秩の手に滑り込んでくる。
手の温もりにゆきを見れば、いくつ目の金平糖を頬張ったのだろうか、口の中でコロコロと金平糖を転がしながら自分を見つめる瞳と出会う。
ゆきの純真無垢な目を見れば、この瞳を濁らせない為にも頑張らなくてはならないと思う秩だった。
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